2014年10月13日月曜日

この夏、全国の映画館でロードショーとなった韓国映画「ソウオン/願い」は、本国で280万人が涙したという、性被害を受けた少女とその家族の再生の物語。劇場内で販売する映画のプログラムに寄稿を求められて、以下の文を載せました。もしこの映画を見たら、是非プログラムを見て下さい。先日、神戸で起きた少女誘拐殺人遺棄事件と良く似た事件です。


沈黙をやぶる       森田ゆり(エンパワメン・トセンター主宰)


性暴力は沈黙の犯罪と呼ばれる。加害者が守る沈黙、被害者が強いられる沈黙、社会が期待する沈黙。この沈黙の罠の中で、大半の性暴力事件では被害者がたった一人孤立して苦しみ、事件があったことすら認めてもらえず家族関係が壊れていく。この映画では逆に、性暴力事件を契機にひびが入り始めていた家族が再びいのちを吹き返す。そのドラマが感動をもたらす。
メジャーなエンターテイメント映画が子どもの性暴力という一般社会が避けたがるテーマを真正面から取り上げてヒット作としたということ自体が、社会の沈黙を破る出来事だったと言える。
 アメリカの大規模な住民調査では、レイプによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の発症率は男性は65%で女性は46%、事故によるPTSDの発症率は男性は6%で女性は9%、自然災害では男性は4%で女性は5%、身体的暴力は男性は2%で女性は21%という結果が出ている。他の被害に比べて、性暴力が被害者に与える深刻な影響の大きさを示している。
 この深刻さは人格形成の核心ともなるべき、信頼の心を打ち砕くことにある。人を信頼することへの恐れと疑い、自責感と自己嫌悪、無力感、そしてセクシュアリティ(性的感情と性的認識)の混乱は自己イメージと感情表現能力を低下させ、ひいては世界全体への不信感をもたらし、日常生活に大きな支障をきたす。(拙著「子どもへの性的虐待」岩波新書」参照)
 
性暴力の多くは外傷がないため「悪い夢でもみていたのでは」と起きたことすら認めてもらえず、ひいては「近道なんかするからこんなことになった」と責められてしまう。暴行そのものがもたらした心的外傷に加え、まわりの人間の無理解による二次被害によって被害者はさらに傷を深め、孤立感、自責感、罪悪感を募らせる。
映画では、父親が娘との信頼関係を築くために涙ぐましい努力を続ける。同級生の少年も信頼の心を送り続ける。一人じゃないよ、大好きだよ、信じていいんだよ、ぼくのこと、というメッセージを無言で送り続けたことで、自分の殻の中に凍結しつつあったイフォンの心が溶け出す。「おうちに帰ろう。一緒に帰ろう」というイフォンの父親への言葉が心に残る。
イフォンを演じた子役イ・レの演技力がダントツに光っている。父親、母親、家族の友人たち役の有名なベテラン俳優たちが、いささかオーバーとも受け取れる過剰な感情表現を演じるのは韓国と日本のお国柄の違いかもしれない。しかしイ・レはレイプ被害者の心理を知り抜いているかのように、恐怖と不安と時には健忘に揺れる内面の嵐を淡々と表情少なく演じる。そのリアリティに感嘆する。

写真3点<法廷で証言する直前のイフォン、心理士のセラピーを受けるイフォン、人気キャラクターの着ぐるみの中の父親を見つめるイフォン。> 

イフォンの様々な表情が心に残る。どこか途方に暮れたような、少し悲しそうな、それでいて深いところにしっかりとした芯を感じさせる表情の微妙な変化は見事だ。

子どもと女性への暴力を長年研究し、被害者支援に携わってきた筆者としてはては、社会の沈黙を破ることに貢献してくれたこの映画に乗じて、被害者支援にあたって忘れないでほしいいくつかの重要点を述べたい。
子どもへの性暴力は一般に想像されるよりはるかに多く起きている。世界の研究者の間では、34人に一人の女子、56人に一人の男子が性被害を受けているという調査数値が定着している。その大半は、この映画の中で起きた事件のような様相はしていない。加害者の70~90%は被害者が知っている人。家族または親族の一員、隣人等々、どんな人でもありうる。子どもの安全を守ってくれるはずの教師や警察官や警備員が加害者であることもある。大半が身体的外傷はなく、起きたことを警察、裁判で立証することはほぼ不可能で、家族や友人に信じてもらうことすら難しい。性暴力のPTSD率が極めて高いのは、周りの人から信じてもらえないという現実に由来する。
だから子どもが被害を口にしたら、しっかりと耳を傾けて聴き、「話してくれてありがとう」「信じるよ」「あなたが悪いのではないよ」というこの三つのことを伝えてほしい。ちょっとした周りの人間のかかわり方が、その子のその後の人生を大きく作用するほど重要な役割を持っているのだ。
イフォンは「傘に入れてっていうから、濡れていてかわいそうだと思っていれてあげたのに」とつぶやく。「そう、あなたが悪いんじゃない。あなたをだました人が悪い」と周りが確認してあげないといけない。その言葉を聞くことで被害者の心身の深刻なトラウマ化を防ぐことができる。
映画の最後、元気になったイフォンを学校へ送り出す親は、イフォンにどのような知恵を手渡しておけばよいのだろう。親や友人がどこへも一緒に行けるわけではない。加えてイフォンには町を堂々と一人で歩く権利がある。だからもし怖いと思うことがあったら、「やだ!」と言っていいよ、そして走って逃げよう、さらにそのことを誰かに話そう、NO,GO,TELLを教え、あなたは大切な人、誰もあなたを傷つけることは許されないという自尊の心を暖かく支えてあげてほしい。



森田ゆり講師の研修 2014年秋~冬期 予定 案内
時間:9時半~5時  
詳細はエンパワメント・センターのホームページへ
FAX/留守電:06-6320-1944(留守電対応です)
 

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101819日 大阪  子どもの虐待・DVへの対応スキル研修
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